10代と20代の境目、成人とは何なのだろう

成人って?そんなにおめでたいことですか?

誕生日をまだ迎えていないから正確には20歳ではないけれど、今年は私たち96、97年生まれの世代が成人する年。
私は成人式にはいかなかったけれど、まぁ「普通」に考えるとおめでたい行事なわけですよね。
でもイマイチなにがおめでたいのか私にはさっぱり。
むしろ大半の人は今まで親に扶養されてきたわけだから、少なくとも私は親によくここまで育ててくれたと称えたいくらいです。
親だけでなく、たくさんのお世話になった人も含めて。
もちろんおめでたいと思う人は精一杯祝ってあげればいいでしょうし、旧友と語らうのもいいでしょう。


でも私自身は自分に対しておめでたいだなんて全く思っていないから、おめでとうと言われると少し困惑するわけです。
だって考えてみれば19歳から20歳の境目なんてないじゃないですか。
せいぜい飲酒が合法になったくらい?
命がけのこと、例えばバンジージャンプをしてやっと自分も一人前だと認識わけでもなく、ある日がきたら「はい、あなたは今日から成人、つまり大人の仲間入りですよ」といきなり言われる。そしてそう言われたからといって私たちの日常が激変するわけでもない。
成人前の自分自身の言動、自分に対する周囲の接し方は成人後のそれとほとんど変わることがない。


やっぱり私はなにがおめでたいのかわかりません。

 

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「ヒト」から「人」へ

 

そもそも「成人」って「人に成る」って書くじゃないですか。
じゃあそれより前は私たちは「人」ではなく「ヒト」だったんだろうか。
3、4歳くらいまではそうとも言える気がするけれど…。


「ヒト」と「人」の違いは何なのだろう。
私がいま思いつく限りだと二つあって、一つは考えることができるかどうか、そしてもう一つはその考えを言葉にして相手に伝えられるかどうか
多分、考えることは、幼稚なことであれば、割と早い段階でできるんだと思う。
私も幼稚園生くらいの時にわけのわからないことをよく考えていたしね。
でも、その考えていることをちゃんと言語化するにはもう少し時間を要するはず。
単純にボキャブラリーが少ないということも大きいと思うし、一つ一つの言葉の概念を結びつけるのには勉強する時間が必要であることも一因だと思う。


だけど、その二つが「ヒト」と「人」を分けるのであれば、わざわざ20歳にする必要もない気がする。
そう考えると「人に成る」、つまり成人はもう少し早い段階でもいいのでは。

まぁそうはいっても、その考えが抽象的であればあるほど言語化することは難しいと思う、というか不可能な部分もあるのかもしれない。
不可能であるからこそ、例えば絵やダンスなどの言葉以外の方法で表現するのだろう。

 

と、色々考えていくと成人というものがますますわからなくなります。

 

そうはいっても区切りは必要なのでは?

未だに成人というものがわからないけれど、でもある一定の年齢に達したら自立するという区切りは必要だと思う。
というのも、何かしらの区切りがないと親に甘えたままになると思うから。
それは金銭面でも精神面でもそう。
そういう意味で区切りは必要だとおもう。
だけど、それって人それぞれ条件が異なるわけだから一斉にこの年になったら自立しなきゃいけないって決められるものじゃないと思う。
ある人には15、6歳かもしれないし、またある人には22歳かもしれない。
みんなバラバラだと思う。
でもだらだらと延長していくこともあり得るし、そう考えると20歳=成人=大人というのはリミットなのか?
もしそうなら私も大至急自立しなきゃ!笑
とりわけ金銭面で。

 

…、結局成人ってなんなのでしょう。

 

 

(考えをつらつら書いただけなので文が乱れてます)