言葉の魔法使い

 感情を分析して言葉に表すということはとても難しい。言葉が好きで好きでたまらないって思うけど、私は自分の生み出す言葉が好きになれない。だって薄っぺらいもん。限られたボキャブラリーの中で感情や思考を紡いでいくと、出来上がったものはペラペラの紙切れのようで、本当はこんなことが言いたいんじゃないんだってよく思う。

 

まるで魔法使いのように、言葉を生み出す人たちはどうしているんだろうか。きっと彼ら彼女らだって簡単に分析できているわけではないのだろうね。自分の奥深くまで潜ってアレでもないコレでもないといいながらたった一つの言葉を探しているのかもしれない。でもあの人たちと違うのは、私にはいくら潜ったってそこに用意されている言葉はたかが知れているということ。選びようがないんだよ。仕方ないからコレでいっかっていつも妥協している。だから自分でも本当は納得がいっていない。言葉のパワーというのは本当に凄まじくて、あの頃の幼い私の世界を横にも縦にもぐんぐん広げていってくれた。私もそんな言葉を掴み取りたいのにうまくいかないんだ。

 

でもこうやって考えながら思ったけど、どんなに巧みな言葉を使っていようが、感情はグラデーションだからぴったり一つの言葉には収めきれないのかもしれない。きっと近いものにはなるだろうけど、同じではない。言葉は結局世界を文節化するためのツールだから、それ自体が感情ではないんだよな。ましてやそれを外に出してしまったら、その言葉をどう受け取るかは人それぞれで、自分の意図していないように伝わってしまうことも多い。というかその方が多い。言葉の認識の仕方も感情の捉え方もみんな違うから同じように伝わる方がおかしい。

 

結局のところ、言葉の魔法使いになることは難しいのかもしれない。だけどやっぱり私は言葉が好きで、その集合体である文章も好きで、今後も言葉とずっと向き合っていく。どんなに潜っても私に用意されている言葉は少ないから、私は潜らずに上に行ってみる。そこで私は新しい言葉たちと出会えるかもしれないしそうじゃないかもしれない。でも私が言葉と向き合い続ける限り上には何かが待っているだろうし、そこで見つけたものを少しずつ自分の感情に当てはめてみることにする。