ZINE FEST 京都に出展します.:*・゜(追記:2025/10/8)

 

2025年10月19日のZINE FEST京都に出展します!

 

 




もともとは一人で出展する予定でしたが、ポッドキャスト「あのさ、」を一緒にやっている相方がちょうどこの時期に日本に来るということもあり、二人で出ることになりました。なので、以前二人で作ったZINE(+α)も販売します。わたしたち自身オフで会えるのが1、2年に一度で、こうしてイベントのタイミングに合わせるのも今後できるかどうかわからないので、ぜひ来れる人は遊びに来てもらえるとうれしいです。(サンプルを読むだけでも、何ならお喋りだけでも……!!)

関西圏の人はもちろん、最近の京都は少しずつ秋の気配を感じられるようにもなってきたので、観光がてら京都旅行はどうでしょうか。秋の京都は混むけれど、でもやっぱり一年で一番いい季節だと思います。

 

一人で出展しようとしていたというのもあり、わたしの個人制作物も販売します。

一つ目の本は、ZINEにすべきか迷ったのですが、個人的な話をそのままに書けるZINEという媒体だからこそ書けたものでもあります。

重い話は重いままにしか書けないという諦めもありながら、わたし自身、他者の痛みの記憶に支えられてきた側面が大きかったので、誰か一人くらいには何か届くものがあるといいなと思いながら書きました。でも、自己憐憫に浸るような文章は書きたくないという想いもあり、読みものとしての面白さがあるようにも意識したつもりです…!(読者がどのように感じるかはわかりませんが)

過去の話を書きつつ、決して終わっていない現在進行形の話でもあります。まだ自分たちの先行きが不透明な部分もあり書けないことも多いのですが、他の誰よりも過去の自分たちと同じような困りごとを抱えている人にとって意味のあるものにしたいと思っています。わたしたちが頼った相談先等も、個人情報の観点からインターネット上で不用意にばら撒くことはできませんが、必要な人にとって多少なりとも現実的な一助になってほしいという想いから一部載せています。

そんなに部数は多く刷らない予定ですが、必要な人に届くといいなと思ってます。

 

二つ目はこの場所で主に「ときどき週報」というタイトルで綴ってきた4年分の日記をまとめたものです(該当記事は現在は非公開にしています)。京都に引っ越してからのことを綴っています。内容はところどころ一冊目のZINEと連動していますが、どちらも単体で読めるものになっています。

これを今流行りの「日記本」と言っていいものか悩みますが(書いている時期と書いていない時期の差が大きく、特に2024年は一番少ないです)、日付のついた日々の記録ということで一応日記ということにしています。誰かに読まれうる日記を書くときはたいてい気持ちの浮き沈みがあったときで、正直平凡な日常というよりも、感情の起伏記録といったほうがいいのかもしれません。でも、どれもこれも今の自分に至った大事な過程で大事な記録です。

 

どちらも当初からあまり価格をあげたくないという想いがあったのですが、書きたいことを書きたいように書いていたらページ数が結構多くなってしまい、印刷・製本費の関係でワンコイン価格で販売することが難しそうです。まだどちらも制作のラストスパートという感じで完成に至っていないので何とも言えませんが、手製本の薄くて安価で楽に読めるものやフリーペーパーも制作したいなという気持ちはあります。どこまでできるかわからないけど、やる気だけはあります……!

 

また日程が近づいてきたら正式なお知らせを、完成版のZINEの書影とともに、この記事への追記という形でしようと思います!関心を持っていただけたらうれしいです!

 

 

--------以下2025/10/8追記--------

ユニットとして出すZINEは上記にある『あのさ、』一号ですが、当日はわたしたちのポッドキャストのロゴステッカーも販売します!ステッカーは単品と、ステッカーとZINEのセット割で販売予定です。手に取っていただけたらうれしいです。

また、「あのさ、」としてフリーペーパーも作って持っていく予定です!冊子を買う余力がなくても、気軽におしゃべりしたり、何か一つでも持ち帰ってもらえたらいいなと思ったのでゆる〜い感じにはなると思いますが、製作中です。フリーペーパーだけでも持ち帰ってもらえたらいいな。

 

個人制作のZINEも二つは確定で持っていきます!

『ときどき週報』はお品書きにも書いているように、4年分の断片的な日記です。目次=日付なので、それを載せても意味がないなと思い、一部日記内のフレーズを抜粋したポスターを作りました(デザインは門外漢なのでお手柔らかに……)。書影も確定です◯

また日記内にいくつか作品が出てきます。直接作品の感想を綴っているものはほとんどないのですが、なんとなく作品名から日記の書き手がどんな人間かわかるような気がしたので、こちらも載せてみます。

 

『言葉から零れ落ちる』は父との関係を軸にした家族エッセイです。

冒頭の「はじめに」の一部を以下に抜粋します。抜粋部分は10/19のZINEフェス後に非公開にします。自分のための文章だけど、それが巡り巡って誰かのためにもなるといいなと密かに願っています。

----抜粋掲載終了----

 

スケジュールや居住地の関係上、来れない方もいるとは思うのですが、一人でも多くの人と直接おしゃべりできたらうれしいです💫

ZINEの通販を始めました / 所感

10/19のZINEフェス京都で頒布したZINE2冊の通販を始めました!

ZINEの内容については前回の記事に書いています↓

theworldofsilence.hatenablog.com

通販サイト↓

picoket.jp

 

ZINEフェスが終わってから、やたらと忙しくて落ち着いて考える暇がなかったのだけど、ようやく移動三昧の日々が一旦終わり、少しだけ腰を据えて振り返ったり、日々のタスクに集中できるようになってきた。

ZINEはトータルで2冊出したけど、一つはこの場所で綴ってきた日記(?)をまとめなおしただけだから、誤字脱字の修正を含む編集作業だけで、そこまで労力は使わなかった。もう一つはわりと時間もエネルギーも費やしながら書いたZINEだ。読んでくれた人にどう受け取られるのかは知りたいような、知りたくないような、ちょっと個人的すぎる話だけど、このテーマを書くということがわたし自身にとって必要なことだったように思う。

ずっと誰かに聞いてほしくて、一人で抱えつづけることが重たくて、でも誰にでも話せるわけではない家族の話を書いた。ブログのように誰もが無償で自由にアクセスできる場所があることはとても重要だけど、そういう場所だからこそ書けないことってたくさんある。ZINEとして(あれはZINEといってもいいのか自分でもわからないが)として、つまり小さな輪の中で読み手に選んでもらう媒体だったからこそ書けた話だった、間違いなく。

書かれたものをどう受け取るかは完全に読者に委ねられていて、そこにわたしはもう踏み込むことはできないけど、誰かに読まれる、読んでもらえているだろうと思えることは、自分にとっても大きなことだったと思う。ずっとがんじがらめになりながら自分のなかだけに押し込めていたものをちょっとだけ手放すことができた、そんな感覚。人に聞かれる、読まれる、知ってもらうということの希望がそこにはある。

ちょうど去年の今頃は希死念慮が凄まじく、動く屍のような物体と化していたのだけど、今年はずいぶん元気になったなと思う。というか、書くという行為を通して、自分を開いていけたことがよかったんだと思う。

ほんの数日前までは燃え尽きてしまっていたというか、すっからかんの状態だったのだけど、バタバタと移動を繰り返しながら新しい出会いや人の善性に感化されて、空っぽになっていたグラスに徐々にエネルギーが注がれつつある。この後の時期は新しい活動は特にせず、静かにゆっくりと勉強したり、論文を書いたり、次のステップへの準備を進めようと思っている。あまり読めていなかった本もじっくり読みたい。

ときどき週報 

20250905

二拠点生活にしようかと悩み中。

🐈の病気のことが大きいけれど、🐈だけでなく🐈‍⬛も🐕も少しずつ抗いがたい老いが見えてきた。今までも地元にいる時間は比較的長かったけど、秋から京都と地元の半々くらいで過ごすことを検討してもいいのかもしれないと思い至った。せっかく選ぼうと思えば選ぶことのできる稀有な立場にいるのだし。

相変わらず父との折り合いは悪く、地元にいる母以外の人間関係はストレスフルであることに変わりないし、父の状態もどんどん悪化してきているけど、あとどれくらい3匹と一緒に季節を超えていけるかわからないという想いがだいぶリアリティを増してきた。実家で飼っている動物たちにここまで愛着を持ち過ぎているのも変なのかなぁと思いつつ、わたしにとっては誰よりも優先したい存在である。

(これも依存といえば依存かと思うと、ほとほと嫌になるのだけど)

ここまで父と歩み寄れず、父が嫌で仕方ないと思いつつ、縁を切れないでいる。父自身がどうこうというよりも、父の暮らす実家に3匹がいて母もいるから絶縁できないでいるというのが正直なところ。でもきっと親との関係がここまでなっていたら、ふつうは実家から離れるよね、というか自分を大事にするならそうする人が少なくないよね、とは思う。頭でそういうふうに理解しつつも、なかなか実家から離れられない自分の曖昧さに嫌気もさすし、毎度葛藤しているけど、現実はそんなに白黒はっきりできる物事ばかりじゃないよね。わたしはわたしの人生において大事なものを明確にしたのだし、大事なものを大事にするためにこうしているんだ、と自分を納得させている。外野はとやかく言うけれども。

二拠点生活と言っても不定期に京都で対面の予定はあるし、どういう周期でどのくらいの期間いられるのかはわからないけど、少しずつ調整しながら実験的にやってみようかなと思っている。

地元は嫌いだけど、どんどん移り変わる海岸の空は心底美しいと思う。

 

20250906

締め切りに追われるほど、締め切りの作業以外に勤しんでしまうのは何なんだろう。さすがに無駄な時間を過ごし過ぎたと思って、今日は午後はまるっとこもって締め切り作業。

 

20250907

午前中はまた🐈を病院に連れて行き、その後はまた引き続き作業。

帰宅すると石破氏が党総裁を辞任するニュースで持ちきりだった。まったく自民党は支持していないけど、それでもこの15年くらいで一番まともだったとは思う。というか、歴代首相が政治家として異常すぎて、それとの比較でそう思えてしまうだけなんだとは思うが。後任で名前が上がっている人の誰もが嫌すぎるという気持ちと、自民党って本当に自分たちのための政治しかしないんだなと思い、ため息が出る。これからどうなるんだ、本当に。

 

20250908

父のことで朝からまた一悶着。相変わらずずっと自分だけが可哀想と思っている人なんだな。このどうしようもなさに心身が蝕まれていく感じがあるが、今は家族のZINEを書いていて、別に今日のことを書いているわけではないけど、自分の感情に言葉を与えるという作業を通して少しずつ落ち着こうとしている。言葉にするというのは回復の一歩なのかもしれない。

夜、ぎりぎりセーフで締め切りのものを送った。ぎりぎりで生きていたくないのに、いつもぎりぎりて生きてしまう。

 

20250909

データを送ったことで、もうやるべきなのは練習のみという状況。少し気が楽だ。早く本番を切り抜けたいという気持ちと、その後に少しでもいい出会いがあるといいなとも思う。運営から参加者人数を聞いてたまげてしまう。なんでトップバッターなんだ……。無事に、とにかく無事に終わりますように。

ZINEの執筆やら読書やらポッドキャストの編集やら、やりたいことが山積していくが、もう一つの締め切り(仕事)を思いだし、あとは最終チェックと修正だけだけど、これが終わればしばらくやりたい作業を進められると思い、今日は仕事を片すことにした。さくっと終わらせるつもりが、気づいたら6時間経っていて、今日はもう他の作業をできる気力が残っていない。1日は短い。

今日も犬の散歩は変な感じで、行ったり来たり、何度もUターンを繰り返しながら30分強。前は1時間は最低でも行っていたのに、最近というかここ数日はあまり行きたがらない。それよりも家で遊んだり触れ合ったりしていることの方がうれしそう。単純に年齢によるものなのか、気分によるものなのか、気候によるものなのか。

アポとりもとりあえずOKぽい。飛行機を取らねば。

 

20250910

まさかの9時間半睡眠(中途覚醒なし)。すこぶる快眠。ロングスリーパー傾向ではあるものの、ここまで気持ちの良い睡眠をとれたのも久しぶりな気がする。天気の影響か、猫が朝起こしに来なかったのも大きい。これだけ寝るとさすがに体がすっきりしている。

ときどき週報

20250820

病気のこと。

猫2匹を連れ、病院へ。

🐈‍⬛の耳の例年の怪我はまさかの皮膚疾患だった。どうやら蚊のアレルギーの一種で、身体のどこかが蚊に刺されると耳の炎症という形で症状が出る。地元の湿度の高さが災いして起きる怪我だと思っていたけど、そうじゃなかった。子猫の時からかかっていた病院ではそんな診断されたことがなく、セカンドオピニオンの大切さを身に沁みて感じる。ただこの時期はどうしようもなく、季節性のものでもあるから、これ以上炎症が悪化しないように一旦注射で様子見となった。

🐈‍⬛を以前抜歯手術してもらい、そこからかなり元気になったということもあり、口の様子が気になっていた🐈の状態も診てもらうことにした。思っていたよりも状態が悪く、抜歯した方がいいとのこと。でも高齢なこともあり、そもそも全身麻酔ができるかどうか判断しなければならず、すぐに血液検査を受けることになった(採血の時に一切鳴かず、動かずで、先生も看護師さんも「ずいぶんお利口さんだねえ」と言っていた。本当におとなしい子だ)。その結果、腎臓病のステージ1ということが判明した。多くの猫が罹ってしまう病気だということは認識していたけど、検査をしなかったらわからなかったくらい普段通りだった。全身麻酔はできないわけではないものの、術中というよりも術後の経過が思わしくない場合があると伝えられた。腎臓の数値がさらに悪くなったり、元気がなくなってしまったり。あとはご家族で考えてみてくださいと言われた。

いつかは来るかもしれないけど、まだまだ元気でいてほしいとずっと祈っていた。年齢からするとすごく悪い数値ではないですよ、と言われたものの、今までの「いつか」が途端に間近に迫ってきた気がする。手術をするのか様子を見るのかをまず決めないといけない。

帰ってから🐈に「あなたはどうしたい?」と問いかけるが、チラリとこちらの様子を見て、ぺろぺろと指を舐めてきた。どうしたらいいんだろうね、ほんとうに。

犬や猫と暮らすことのすばらしさは語り尽くせないほどに実感しているけれど、こういうタイミングで「命を預かっている」という感覚をこれでもかというほどに感じ、葛藤する。今の3匹の前にいた犬や猫たちのときはわたしが幼かったこともあって、わたしは何かを決める立場にいなかったけど、今の3匹は言ってしまえばみんなわたしが連れてきたようなものだし、何よりも自分の片割れのような感覚でずっと一緒に生きてきた、誰よりも大切な存在だ。母も「あなたが決めていいよ」と。決めることの重さを感じながら、ずっと考えている。

いろんな選択を考えてみるが結局何も決められなくて、一人でボロボロと泣いている。家に帰ってきて、🐕の散歩に行った道すがら泣いてばかり。🐕は「なんだ、なんだ」と不安そうに後ろを何度も振り返ってこちらの様子を見ていた。

何を選んでもそれなりにリスクがあるように思えて、何を選んだらいいのかわからないでいる。わたしが肩代わりできたらいいのにね。

 

20250821

再度動物病院へ。昨日母と話し合ったが、何をするにせよ、しないにせよリスクがあり、結局手術をどうするか決められなかった。もう一度お互いに疑問点を整理し、先生に相談しに行くことにした。先生はしっかりと時間をとってくれて、疑問点に対する回答もリスクやありうる可能性も含めて説明してくれた。田舎でなかなかいい動物病院がなかったけど、この病院は設備も良く血液検査も即日で結果がわかるし、看護師さんも親切でありがたい。

結局のところリスクのない選択はないのだけど、最善を尽くしたいという気持ち。堂々巡りの会話を経て、先生から一度腎臓病に配慮したキャットフードで1ヶ月様子を見てみて、それからもう一度血液検査をしてみましょう、と。それで数値が少し下がったりしていれば手術をして、もちろんリスクはゼロではないから、その場合にはもうそれしかできなかったんだと納得しましょう。数値があがったり芳しくなければ、今後悪化していく可能性はあるしその結果何も手を尽くせない状況にもなるかもしれないけど、手術はしない。それはそれでもう後悔しない。そのように決めましょう、とアドバイスされ、まずは1ヶ月様子を見てみることにした。1年様子を見るというのはよくないけど、1ヶ月くらいなら大丈夫という先生の判断を信頼することにした。

たぶんわたしは何を選択してもどんな手を尽くしても後悔をしてしまう気質だと思うんだけど、そういうわたしの性格をなんとはなしに先生が察してくださったような気がする。何をどう足掻いても命のある生き物はすべからくみんな死ぬ。わたしも。死ぬという結果に対して後悔はすべきではないのだろうけど、なかなかむずかしい。でもできることは全部したいし、限りある時間を最大限に慈しみたい。まずは1ヶ月。あまりあれこれと考えすぎないようにしたい。

それにしても、改めて動物と暮らすのは生半可な気持ちではできないし、経済的な余裕がまずもって超重要と思う。実家だからわたしは動物たちと暮らしてこれたけれど、今後自分の財力で動物と暮らすことはできないなと思う。動物と一緒に暮らすことは本当に楽しくて豊かな、何にも代え難いすばらしい時間だけど、だからこそ、できない。少なくともわたしは今後自分一人の生活をやっていくだけで精一杯だろうし、今回のような(あるいはいつかは必ず訪れる)悲しみを一人で背負うこともできない。

 

20250822-0823

久しぶりに母と二人で東京へ。メインは毎月行っている母のカウンセリング。ちゃんと続いているみたいだし、あのとき情報を共有しておいてよかったなと思う。父のどうしようもなさはさておき、母がここで少しでも安心したり、自分で自分の人生を動かしているという実感を持って暮らせるといいなと思う。

母のカウンセリング中は近場のカフェで作業を進め、終わったところで合流した。それにしても東京は駐車代が高すぎる。12分300円。12分って……。

行ってみたかった書店へ行ったり、ホテルでゆっくりしたり、おいしい食事を愉しんだり。数年前まで母と二人きりでのんびりでかけられるなんて、一生来ないのかもしれないと思っていたから、なんだか不思議だ。母が変わってきたということなんだろう。

新しいカメラで撮影するのがたのしい。

 

20250824

車を借り一人で2時間弱走らせ、試験を受けに。高速は苦手(特に湾岸線は一人では絶対に無理)だけど東京まで行かないくらいの距離であれば一人でも大丈夫そう。というか、都会の一般道の方が神経使うから疲れる。試験はまあ、ほどほどに、という感じ。連日外出していたから疲れた。🐈の甘えっぷりが加速していた。まずは1ヶ月の様子見に希望をかけよう。

 

20250825

生理痛でダウン。たぶん疲れも重なったからだ。リスケをまたお願いしてしまい、申し訳なかった。

 

20250826

最近はポッドキャストを聴いてくれる人が増えてきたり、紹介した漫画の作者の方たちに立て続けにメンションしてもらえてとてもうれしい。ときどき感想を直接、間接にいただけてそれもものすごく励みになっている。ありがとうございます。ポッドキャスト、隔週で定期更新しているので、よかったら聴いてね。おたより送ってくれたらなおうれしい。各SNSもやってます。

linktr.ee

creators.spotify.com

listen.style(AIによる書き起こしと簡易的な目次が見れます↑)

 

これまで公開していた日記は編集してzineにしようかな、と考え中。10月の京都ZINEフェスに出るので、ちびちびと文章を書いているのだけど(そろそろ終わらせなければ……)、これまでの日記もまとめなおしたものも作ってみようかとか。そもそも日記というほど日記の体をなしていないが。

京都ZINEフェスで出すZINEのメインは日記ではなく、家族のことを書いています。ただ、書けば書くほど何も書けていない気がして、一人語りは難しい。わたしにとって家族という単語は結構ネガティブな意味を持っているのだけど、書こうとしていることも辛い記憶や経験ばかりだから、書きながら鬱々して、その度に筆が止まってしまう。完成!とまではいかなくとも、ある程度形になるように、なんとかがんばりたい。