2021/5/29

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東京で一人暮らししていたときよりも頻繁に母と連絡を取り合っている。私の場合、自分の怠惰な部分とかアホらしいところ、反対に心底暗くてネガティブなところ、こういう自分の一部分を見せられるのは今のところ母しかいない。どんなに親しい友だちでも、なんとなく見せられない部分というのはたしかにある。そして、それはそれで悪いことじゃない。でもときどき無意味な会話や馬鹿みたいな言動が恋しくなることがある。そんなときは母の出番だ。

 

つい数日前も、雨でずぶ濡れになのに超嬉しそうな顔をしたハナ(🐶)とそれをシラけた顔で見つめるチビ(🐱)の写真が何枚も送られてきた。思わず笑みがこぼれた。私がこの世界で一番愛情を注いでいるモモ(🐱)ハナチビの近況を定期的に送ってくれて、ありがたいし、おかげで生き延びることができているという感覚がある。

 

 

最近授業の課題で松下竜一の『狼煙を見よ:東アジア反日武装戦線“狼”部隊』を読み始めた。

 

 

それに先立って、キム・ミレ監督の『狼をさがして』も2週間くらいまえに見た。


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恥ずかしながら、日本の近現代史のなかでも特に1950-80年代の知識はかなり浅く、部分的にしか知らないことが多い。東アジア反日武装戦線による爆破事件や、関係者の経歴等、知らないことの方が正直多い。自分が生まれた時期や物心ついた頃の時代に空気感とはずいぶん違うからか、学生運動とかも正直ピンとこない。まだまだ勉強しなければならないことが多くて、あまりオープンなプラットフォームで言えることはないのだけど、『狼煙を見よ』(まだ前半しか読んでいない)を読んでいて思ったことはいくつかある。

 

行為としての正しさと思想としての正しさは往々にして矛盾するし、正しさの定義自体が大きく揺れ動く。人の生を勝手に奪うことがいけないことは小学生でもわかる。
だからきっと、行為としては彼らのしたことは明らかに正しくはない。けれど、戦争によってそれをはるかに超える数の犠牲者を出し、死ななくてもよかったはずの人を「天皇」の名の下に死へ向かわせ、多くの人を殺人へ駆り立てた、そのことに対する責任を当の本人は取らなかった。そんな状態のままで「戦後」を始めてしまった。そして植民地主義は形を変えて「戦後」も続いていた(もちろん今も)。そうした現実に対して何の疑いも持たず、責任の所在はなあなあになったまま、形式的には戦争は終わったことととして処理されていった。この問題の出発点があるかぎり、メディアや極右が言うような「人殺し」や「反日」という言葉は彼らを形容する言葉には到底なりえないのでは。これは正しい、これは正しくないという二元論では何も現実を捉えられない。もう少し彼らを知る言葉と思想を見つけ出したい。きっとそれは翻って今にも生きる言葉と思想であるはずだから。