救済は求めていないがすくわれたいとは思ってしまう

自分ではコントロール不能な要因によって自分の感情や習慣が乱されることをひどく嫌っているので、この2週間弱の疲れは自分に求められた実際の働き以上の疲れがたまっってしまったように思う。夜の入眠がゆるやかではなく、朝の起床もぱっとしない。時間の流れなんてものに自分が一切関与できないことはわかりきっているけれど、時間に翻弄されているかのようにも感じられてしまう今日この頃。

疲弊しきってしまったとき、すくわれたいと思う。でもそれは、きっと救済ではない。救済というとどうしてもイメージしてしまうのが天国のような、つまりは悪の存在しない場所で、そんなものはあまりにも使い古されたイメージだし、すこし、いやだいぶおぞましい。そんな場所にはいたくない。すくいは救いかもしれないけど、わたしにとっては掬いという漢字のほうがしっくりくる。疲れ果ててしまったとき、わたしは見ないように、感じないように、聞かないように、自分の感覚を鈍らせようと努力する。何かの底に沈むように。しかし、沈んだ先に何かがあるわけではないのだ。沈めるところまで沈んだあと、沈んだままの自分がまわりの人間を巻き込んでしまっていないかが気になってくる。自分が鈍ったことが誰かを傷つけていないか。虐げていないか。だからいつも沈んだその後には地上まで掬い上げてくれる装置が必要になる。その装置は多ければ多いほどにいい。ひとつ機能しなくても、代替品があるということだから。

自分の感情を揺さぶってくれるものや愛おしいと思えるもの、人、関係性はそういう装置になりうる。ここ最近のわたしを少しずつ掬い上げてくれたもの、あるいは沈みすぎないように命綱の代わりとなってくれたものを少しだけ書き留めておきたい。「好き」「良い」の方向性はそれぞれに微妙に異なるけど、どの感情もわたしにとっては大事なものだ。

ジャンルはバラバラだけど、圧倒的に漫画が多いですね。。。漫画はよいです。最高なエンタメだよ。

 

【ドラマ】『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』


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ウ to the ヨン to the ウ!トン to the グ to the ラミ!

毎晩、寝る前に1話ずつだけ、1日耐えた自分へのご褒美として観てきた。久しぶりに最後まで観れたドラマだった(ハマりきれないドラマは途中で挫折しがち)。観ている人も多いとは思うけど、簡単にあらすじを。

 

 

【小説】川野芽生『無垢なる花たちのためのユートピア

 

メールマガジン】me and you 

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初回からずっと購読しているニュースレター。She is時代からおふたりのつくっている場所がすごく好きで、遠くから大事に思っていた。今も金曜日に送られてくるニュースレターを読む時間をとても大切にしている。いつのまにかニュースレターもvol.35で、往復日記(とでもいったらいいのか)もこれだけちゃんと続けられているのがすごいなあと思う。1人でやるわけではないものをきちんと継続させるというのは実は案外難しいことだと思う。いいな。わたしもこういうやりとりを誰かとしたいな、と常々思っている。往復日記やりたい方いたら、ぜひやりましょう。

 

【漫画】衿沢世衣子『1年1組 うちのクラスの女子がヤバい』

 

【漫画】森川侑『僕のジェミニ

きょうだいはいるけれど、年が離れているのもあって共有した時間は多くない。双子ってどういう存在なんだろう。しかも自分と瓜二つな顔をした人間。『僕のジェミニ』は、赤毛で内気なジョンとその親友である双子のジキルとハイドの物語。ジキルとハイドはたびたびお互いのふりをする遊びをしていて、それは両親でさえ見破れないのだけど、なぜかジョンだけが当てられる。ところがある日突然、双子の片方が事故で亡くなってしまう。亡くなったのはどっちなのかを明らかにしていくミステリーの要素もありつつ、その裏に隠された秘密も次第に解明されていく。双子といえど、もうひとりは常に他者であり、何もかもを共有することはできない。身体も、感情も、大事にしていることも。すべてを共有することがただしいことではないし、秘匿を秘匿のままにしていくこともひとつの愛のあり方なんだろう。切なくも、いい作品だった。

 

 

【漫画】いくえみ綾潔く柔く

かなり前に実写化されたときに作品名だけは知ったけど、原作を読んだことがなかった。いくえみ綾作品にどはまりした時期に思い切って一気に読みました(ちなみに他に読んだいくえみ作品のおすすめは『バラ色の明日』『1日2回』)

 

【漫画】絵津鼓『ハッピーマジカルNIRVANA

 

【漫画】夏目イサク『熱帯デラシネ宝飾店』

『花恋つらね』がおもしろいので、同作者さんの他の作品を読んでみようと思い選んだ作品。こっちはこっちでおもしろ〜い!

 

theworldofsilence.hatenablog.com

 

【漫画】Marita『雪と墨』

 

 
【音楽】Fantasy Music for Inspiration - Coastal Village


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【ラジオ】STRAY SHEEP Radio


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『MIU404』のシナリオブックを購入して、主題歌を思い出し、アルバムを思い出し、ラジオを思い出した。聴くのは2年ぶりかな。2年経って抱く感情はまた格別だった。十代の頃からあまり邦楽は聴かなかったけど、彼の生み出す音楽だけは新しいものが出るたびに聴いているしライブにも行っている(実は10月のライブも当たったので、行きます!体調を整えてたのしみたい)。ハチ名義で活動していたときは正直知らなかったけど、兄が昔ボカロ曲をよく聴いていたから、初めて聴いたときになんとなく聞き覚えがあって変な感じだった。今、わたしのような人間のところまで届いてくれたのも、きっと彼が大衆音楽というジャンルを選んで音楽をつくってくれているおかげかもしれない。

さっきも言ったかもしれないけれど、時代の流れとかそういうものに対して、今自分がどこにいるのかっていうことをちゃんと知っておきたいですよね。じゃないと、著しく人を傷つける存在になってしまうっていうのが、まあ、昔からそういう何かしらの恐怖というか。いろんな移り変わりと共に文化も変わっていくわけで、規範とされる行いだとか、倫理観だとか、そういうものも、まあ変わっていくわけでしょう。(中略)自分がどこにいるのか。時代とそぐうところにいるのか。それとも時代と全く逆行したところにいるのか。それはそのときどき違うと思うんすけど、とにかく今自分がどこにいるのかっていうのはちゃんと確認しておいて、そこからその時代に対してどういうふうに発信していくのかっていう、まあ考えたいですよね。

自分が誰かを傷つけるかもしれないという、ある種の恐怖心のようなものを持ってくれていることは、彼の生み出すものへの信頼を持たせてくれるものだと思う。

 

自分がつくる音楽っていうのはいろんな世の光を移しているだけであって、光を、こう、反射して。それこそミラーボールでもいいし。で、俺はそれは宝石みたいなもんだなと思ってはいたんですよね。(中略)だからそもそも生まれた瞬間から人間は、球体として生まれるというか、まんまるな球体として生まれて、そこから成長していくにあたって、たとえば傷がついたりとか、価値観の違いとかに出会っていくなかで、それが球体ではなくなっていく。いろんなふうに研磨されていくのか、摩耗していくのか、もしくは自分自身で形を整えていくのか。いろんな形で完全なる球体から徐々に徐々に形が角ばっていくというか、そのなかでいろんな光が周りから入ってくるものを反射することによって美しく輝いていくっていう。

 

新型コロナウイルスで混迷極める社会の中で自分が何をすべきか考えたときに)自分にとって一番似つかわしい形って何なんだろうなって考えたときに、やっぱりそれは音楽を作ることであって。だから何らかの形で、現状に喘ぐ人間だとか、そういう人たちに対して「あなたたちは生きててもいいんだよ」ってことを肯定できるだけの曲を作り上げる必要があると感じて、作り始めたのがカナリアって曲であって。(中略)未だに不安ではありますね。聴いてくれる人がどういうふうに思うんだろうっていうことは。肯定しなければならないっていうのはまず第一にあって、これだけ世界的な混乱が生まれると、もうどうしたって元の姿には戻らないですよね。(中略)でも少なくとも前のような状態には戻らない。そのあいだにいろんなものが失われて、それこそ職を失った人間もいるだろうし、それに絶望失望して、それこそ命を絶ってしまった人間もいるかもしれないし、元には戻らない。変わり続けていく世の中、自分自身に対して、それを肯定してやらなければならないっていうのはすごく強くあるんですよね。不変不朽のまま人間はいつまでも生きていくわけではなくて、どれだけ変わりたくないと願ったところで変わっていってしまうものですよね。(中略)いついかなるときも同じところにとどまっていることは不可能なわけで、その不可能であるっていうことを強く認識しながら生きるべきだっていうのは思うんすよね、自分が生きていく上で。

こんな社会の状況になって約3年。まだこれから先どれくらい続くのかもわからない。戻りたいと願うものは多いけど、どう足掻いたって戻すことのできないもの、失ってしまったものはあまりにも多くありすぎる。変わっていくこと、変わり続けていくことを肯定すること。それは社会の状況だけでなく、身近な人間関係もそう。引用した次の部分で人間関係についても話しているけど、どういう関係性であれ、相手の好きな部分はずっと不変のままありつづけるわけではなく、それも変化していく。それをその好きな部分だけに固執してしまうと、それは相手を自分でつくった枠の中に閉じ込めてしまうことになる。それは不健全な関係性なのかもしれない。

あなたはあなたじゃなくても構わないというふうに肯定することが、まわりまわってその人を一番肯定することにつながるんじゃないかなって思うんすよね。